経済コラム

私たちは何故働くのだろうか?お金のため?それとも?

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生きるために働くのか?

誰でも学校を卒業すると仕事に就くように学校の先生や親に言われるだろう。働かないとすれば、進学するか、浪人するか、だろう。他に選択肢はないのだろうか?

働くために生きるのか?

働き始めると最初の半年、1年は緊張の日々が続くだろう。新しい環境、新しい人間関係に慣れるために神経をすり減らすかもしれない。職場の上司や先輩、同期と徐々に打ち解けていき、仕事が終わった後の飲み会などで親睦が深まっていくだろう。

お金のために働くのか?

ある程度すると誰であれ仕事にも、人間関係にも慣れてくる。人は慣れる生き物だ。よっぽどチャレンジングな職場や場所でもない限り、だいたい慣れてくるだろう。そうなるとどう感じるのか?お分かりだろう。飽きてくるのだ。人は緊張感を感じない仕事はルーティンワークになり、余計なこと?を考えるようになる。

「今のままで良いのだろうか?」

「何のために働いているのか?」

「他にもやりたい事があるのでは?」

「これを死ぬまで続けるのか?」

もちろん食べるためにはお金が必要だから働かなくてはいけない!分かる。でも、何か違う。他に別の方法はないのだろうか?

そうこう悩んでいたりすると、会社内での変化に気付けるようになる。出世する上司もいれば、会社からいなくなっている上司もいる。先輩や後輩、同期で会社を離れる人もいる。プライベートの理由で辞める人もいれば続ける人もいる。そして、会社の仕組みやルールについて何となく全体像を掴めるようになるだろう。

そして改めて感じる人は感じるだろう。

「私はどうすべきか?」

まとめ

転職を勧めるつもりはない。

だがらといって定年まで今の会社にずーっと在職する事を勧めているつもりもない。そもそも、変化の速度がドンドン早くなっているので、会社の寿命は短くなっている。逆に私たちの寿命は100歳まで伸びようとしている。嬉しいが、嬉しくないかもしれない。その理由も、多くの人が気付いていながら問題を先延ばしにしている。現実を直視するのは辛いからだ。

だが、そこから逃げずに受け入れ、自分なりに考えると少なくとも後悔はしない。(人の言う事だけこなす人生は果たして良いのだろうか?)

人間は晩年、死の間際に後悔の言葉を残すのは寂しいだろう。最後死ぬ直前に悔いのない人生だったと思えたり、笑って終えることができたら良いのではないか。私はそう思う。

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